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2005/04/10

ダイハード3

 DVDにて鑑賞。なんで今さら? なんでだろうねえ。オレのなかでは、「1」や「2」に比べて3の評価はかなり低い。何故なら、作り手としてあるまじき設定になっているから。「1」はご存知の通りの出来。あの出来とヒットに気をよくした20世紀フォックスが、ジョン・マクティアナンに「レッド・オクトーバーを追え!」を任せたのは有名な話だ。マクティアナンはその期待に見事に応えてみせた。ところが「2」のメガホンを任されたのはマクティアナンではなかった。本人が固辞したのかどうか、そのへんの事情をオレは知らないが、マクティアナンの代役に立てられたレニー・ハーリンは、偶然か才能か、マクティアナンを下敷きにマクティアナンを超えるものを作ってしまった。つまり「2」は、「1」の設定・ストーリーラインをそのままほとんどいじることなく、単に置換だけを積み上げ、再構成しただけでなく、ハーリンらしさというスパイスを与えることをも成功させる(その端的な表れが、全体を貫くテーマ曲にフィンランディアをもってきた点だ)という、文章で書くとほとんど不可能に思えることをやってのけてしまった作品なのだ。一般にパート2ものというのは、成功しづらいと云われている。そこを昇華させてしまったのだから、ハーリンの実力は本物とみるべきだろう。ところがところが、である。「3」を再び任されたマクティアナンは、あろうことかハーリン作「2」を、無視してかかった。設定上、「3」はあくまで「1」の続編なのであって、「2」はなかったことにしてしまっている(それとも物語の時勢として、「3」は「2」の前なのか? それはそれでおかしい)。したがってジョン・マクレーンはLAPDに転職しておらず、NYPSのままだし、奥さんとの仲も険悪なままだ。さらに「密閉された空間内でのアクション」という「1」から「2」へ正統に(あるいはそれ以上に)承継されたはずの基本プロット、云わば「ダイハード型」とでも云うべき部分をも最初から放棄してしまっている。「次は海だ」というアイデアを「スピード2」に中途半端に奪われたが故に、そうせざるをえなかったという点を差し引いたとしても、やはりしこりは残ってしまうわけだ。「3」の原題知ってる? どこにも「3」の数字が入ってないのよ?
 これが、オレが「3」を評価できない点だ。それでも、そんなことを気にさせないくらい、プロットに力というか勢いがあれば、文句はなかったろうが……残念ながら現実はそうではなかった。これではマクレーンのキャラをそっくり移し替えただけの「ラスト・ボーイスカウト」のほうがまだマシである。こうなってくると、本来はおもしろがれるはずの細かなプロットや小道具なんかも全然楽しめなく――というか、むしろ鼻についてくる。

 じゃあ観なきゃいいじゃん。

 ……「1」と「2」があると愚作でも「3」は外せないのよ。A型の性だねぇ。

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