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2005/05/24

交渉人・真下正義

 「踊る」シリーズは、どうした巡り合わせか、最初のTVシリーズの第1話から欠かさず見てきた。オレにしちゃ珍しく、最初から録画予約までして。予感というか匂いというか、まぁ何かしらのものがあったのだと思う。だってあーた、「踊る大捜査線」だぜ? タイトル聴いただけで喜んじゃうよ。明らかに「夜の大捜査線」と「踊る大紐育」(あるいは『会議は踊る』?)を足したようなタイトルだ。当時、スタッフの名前は初見だったが、そんなもん見なくても映画好きの莫迦が作ったんだろうなってことだけは分かる。当時のオレにはそれで十分だったのだ。
 果たして作品は、期待に違わぬものであった。いや、大抵この手のドラマってのは、第1話はそう面白くないものだ。何故ならツカミの重要性もさることながら、その世界観を説明することに費やされるため、どうしても冗長になりがちだから。後から振り返ると、「踊る」も第1話はそう面白いわけではない。オレの心を掴んだのは第2話以降だ。あっという間にTVシリーズ全11話が終わり、パート2を切望していたものの、青島くんがパート2嫌いと聞いて落胆していた。
 ところが年末SP。この頃からオレの耳には、どうやら映画化に向けて動き出したらしいぞとの情報が入り始める。番外編「湾岸署婦警物語」を経て秋SP。そして映画。その映画が終わった時点で、制作者サイドが「これで終わり」を宣言していたことを、当時は残念に感じていたが、今から考えれば、あれで終わりにしておけばよかったのだ。
 いや、確かにこちらの期待が大きすぎた。それは認める。しかし、気持よく屋根に上げておいて、何もハシゴを外すことはあるまい? 映画の2作目を見た率直なオレの感想は、「悪い意味で期待を裏切られた」だった。シリーズのファンに対するサービスは随所に見られる。それはそれで結構だが、実はオレはそんなものに重きを置いていない。そうなって初めて分かったことだが、オレは「踊る」の良さを、きっと誤解していたのだ。オレは、「踊る」の最大の魅力を、「話のおもしろさ」「ストーリーテリングの巧みさ」にあると思っていた。様々な伏線や掛け合いの科白なんてのは、添え物にすぎないと思っていた。でも制作者サイド、そして一部のファンにとっては違ったらしい。映画の2作目は、残念ながら話の運び方が徹底的に面白くない。
 この時点で、オレにとっての「踊る」とは、義務的に観に行く対象へと変貌を遂げた。したがって、その延長線上にある本作も同様である。

 前置きが長くなったが、実は本作について語ることは何もない。前作(すなわち踊る2)と同様である。話の運び方に多少は進歩がみられるものの、映画としてのカタルシスには決定的に欠ける。犯人の正体が最後まで分からない点は、ひょっとすると次回作(容疑者・室井慎治)につなげるつもりなのかもしれないが、それにしたって1つの作品として一定のケリはつけておくべきだ。前作であれだけ持ち上げたカラスという設定も、単なる映像イメージとしてだけ片付けられていて、全然いかされていない。ならそんな巨大な前フリすんなよ。相変わらず伏線は沢山あるが、効果的とは言い難い。それから、このシリーズは過去の映画のパロディを臆面もなく出す点がある種の売りだが、それはある種のオマージュとして意味があるのであって、アイデア丸ごとでは単なる盗作である。この部分ネタバレ→ヒッチコックが好きなのは分かったが、場面も楽器も全く同じってどういうことよ? いや、確かにオレもあんとき、シンバル持ってる人を後から羽交い締めにすりゃいいじゃんとは思ったけどさ。

 ということで、オレの「踊る」に対する「義務的に観に行く対象」とのスタンスは、未だ座して動かず、である。

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