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2005/10/03

亡国のイージス

 結局のところ、福井晴敏3部作(ローレライ、戦後自衛隊1549、本作)を全て観てしまった勘定になる。並べるなら断トツ1位がローレライ、かなり間を空けて本作、その下で低空飛行を続ける戦国自衛隊1549、ということになろうか。さて、本作である。最初から身も蓋もないことを言わせていただくが、要するに「沈黙の戦艦」である。舞台設定としてどれだけ込み入ったものを用意しようと、軍と自衛隊の違いはあろうと、スティーブン・セガールと真田広之という違いがあろうと、「乗っ取られた戦闘艦を奪い返すまでの話」であることに変わりはない。プロットは、実は至極単純なのである。その単純なプロットに対し、「沈黙の戦艦」側は極めてヤンキー的な、頭に莫迦がつくほど明るい「あ、軽い」アプローチを試み、そのままのトーンで終始している。その善し悪しは別にして――いや、先に言っておくと個人的にはフザケすぎで大嫌いなのだが――エンターテイメント性という1点に限っては、やはりここまでの歴史が物語るのか、非常に優れていると言える。対して本作は、設定の緻密さは認めないでもないが、やれ憲法9条だの、平和ボケだのといった社会性を加味というかベースにしてあるため、残念ながらエンターテイメント性そのものは減じさせる結果になってしまっている。あえて言えば、同じプロットを扱うのに、日本人が作ると重々しさを土台にしなければ「描けなかった」点に、ある種の深刻さを感じてならない。同じ舞台装置を使っても、もっとエンターテイメントに昇華させる手はあったはずだ。フザケすぎない程度に。にもかかわらずやらなかった、あるいはやれなかったのは、自国に軍隊を所有しているか否かの違いか、もしくは、まさしく平和ボケしている故か。不思議なのは、テーマとしては似たようなものを扱っているにもかかわらず、福井くんの「ローレライ」とのアプローチの違いは何か、という点だ。いや、誤解されては困るのだが、本作は十分及第点を与えてよい。一部のキャスティングを除けば。例えば真田くんからして間違っている。もっと鈍重な役者でないと「当然だ」としか受け取ることができない(やっぱケナしてんじゃん)。

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