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2005/12/04

仮面ライダー響鬼と7人の戦鬼

 複数の仮面ライダーという発想は、昔からあった。1号のときの2号の存在がやむにやまれぬ事情からであったとしても、V3におけるライダーマン、ストロンガーにおけるタックル(原案段階では仮面ライダータックルの名称がある)、スカイライダーにおけるがんがんじい(違うか?)といった例がある。ただ、いわゆる平成ライダー以降となると、やはりアギトが最初だろう。それが「花開いて」しまったのが龍騎なのだが、あれは認めていないのでカウントしない。555、剣でも同様の流れがあり、響鬼ではようやく「同じ複数ライダーでも理由がハッキリしている」状態まで戻せたと思ったのに……。いや、各地にご当地ライダー(鬼)がいるっていう設定は面白いよ。でもさぁ、揃って見栄きっちゃったら、明らかに戦隊ものでしょ。監督が坂本太郎だから? 勘弁してほしいなあ。
 TVシリーズ半ばの映画化というのはここ数年の定番だが、何でも細川茂樹には彼なりのアイデアがあって、時代劇というアイデアに抵抗感を感じていたのだそうだ。それを、本編とは別のファンタジーと思いこむことによって、解消したのだとか。ならば、当初の細川茂樹アイデアによる映画も観てみたかったな。もちろん彼は制作サイドの人間ではないから稚拙なものかもしれないが、役者がそれだけ考えてくれること自体うれしいじゃないか。オダジョーにそんなことができたか?(笑)
 例によって井上敏樹の脚本は、必要のないキャラクターがやたらと登場する。例えばなっちの妹がそうだ。いらんだろ。それから申し訳ないけど、あれじゃあきらちゃんが捨てキャラである。何ならあきらちゃんメインで一本撮ってみろ。いや、撮れ。必ず撮れ!(←もはや何がなんだか)
 細川茂樹が自分で自分を納得させたように、映画単体で考えるならさほど妙な出来でもなかったかと思うが、振り返ってみれば、この映画がその後の「仮面ライダー響鬼RX」(31話以降をこう称する)の方向性を決定づけてしまった。すなわちそれは、シリーズ半ばでのチーフプロデューサーとメイン脚本家の交代劇である。とするならこの映画、相当罪深い作品と云わざるをえない。
 あ、タイトル間違えてた。「仮面戦隊オニレンジャー THE MOVIE 魔化魍の生贄」だからね。お間違いなく。

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