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2006/07/22

日本沈没

33

 今回の、ではない。今回のリメイク作を観る予習として、前オリジナル作を観たのだ。DVDにて鑑賞。いやもぉひどいもんだ。確かリアルタイムで観たはずなのだが、こんなにひどい出来だったっけ?
 もちろん特撮(中野昭慶)の完成度などは、技術的なタイムラグがあるため仕方ない。例えば壊れる街並みなどはチャチぃの一言。それでも比較物の少ない冒頭の「わだつみ」のシーンだと割とマトモに観られる。
 役者も、芸達者ばかり揃ってることもあって、なかなかに迫力がある。藤岡弘(まだ『、』がない頃)は力が入りすぎだが、それもあの頃の、だと思えばまぁいいかとなる。
 設定は、これは云わずもがな、小松左京のあの有名な原作だし、そもそも小松左京が原作を書く動機となった竹内均先生ご本人が登場して、明確にプレートテクトニクスを説明してくれる。少なくとも当時のテクノロジーとしては精一杯の考証が詰まっている。
 演出も、個々のシーンを観る限りは間違ったアプローチは1つもない。ちなみに監督は「海峡」などの森谷司郎である。

 では何が不満か。脚本(橋本忍)である。

 確かに個々のシーンはきちんと成立している。しかし、つながりが今1つハッキリしない。「え? なんでそっちいっちゃうかなあ」という感じ。ひょっとして脚本の責任ではなく、編集の杜撰さにあるのかもしれないが、出来あがったシャシンを見せられる側からすれば、矛先が脚本に向くのは当然のことだ。確かに小松左京の原作が発表されたのと同じ年に公開された作品であることを思えば、制作時間がかなり限られていたであろうことは想像に難くないが、もちろんそんなことを客に対する言い訳にするほど東宝も商売の分かっていない会社ではあるまい。

 ちょっと云っておくと、竹内均先生には思い入れがある。DVDの特典映像で小松左京との対談(DVD発売は2003年。竹内先生が亡くなったのは翌年のオレの誕生日である。奇妙と云えば奇妙な一致だ)が入っていて、そこで小松左京も語っているが、NHKブックスは当時読みあさったものだ。「地球物理学」という今では何の変哲もない学問に対して、竹内先生はその軽妙な語り口で何と分かりやすくアプローチしてくださったことか。科学と物語との一致に興味と興奮をおぼえていた中学生は、竹内均という東大教授の名前に心酔したものだ。DVD対談のなかで竹内先生が明かしているのだが、あの軽妙な語り口は落語で覚えたものだそうな。確かに東大・池之端門から鈴本演芸場は、不忍池をぐるりと回ればほど近い。奇妙にもオレが今務めている会社は、池之端門の目の前にある。竹内先生は「鈴本のおやじに頼み込んで、真打ちが出てくる前の高座を見せてもらった。今えらそうにしてるやつは、みんなぼくは観てたよ。歌丸とか。ぼくは地球物理学を選ばなかったら、歌丸より早く真打ちになってたかもしれないな」とまで仰って呵々大笑する。さすがの一言である。
 前述したが本作には、竹内先生自身がプレートテクトニクスを説明するシーンが登場する。CGも何もない時代、アニメーションを使って説明するのだ。プレートテクトニクスという云い方に馴染みがなければ、大陸移動説ではどうだ。(東西分裂前の)ドイツのアルフレッド・ウェゲナーが唱えた説だ。彼が考え出したのは何てことはない、世界地図から北南米大陸とヨーロッパを含むユーラシア・アフリカ大陸を切り取り、ひねりながらくっつけてみると、どうやら合致しそうだぞというところから、昔はこれらが1つの巨大な大陸で、長い年月かけて離れていったのではないかと夢想したことに始まる。彼は海洋底の上を大陸が移動すると考えていたことに無理があったが、そこに海洋底そのもの、つまり地殻自体がマントルの流れによって移動するのではないかとの仮説が加わり、それが海嶺と海溝の発見から実証されることによって、一挙にプレートテクトニクスに辿り着く。プレートとは、マントルの上を漂う地殻の板のことだ。地球の表面はこの何枚かのプレートによって構成されている。それらが下のマントルの対流によって、海嶺から浮き出し、海溝へ沈んでいく。竹内先生は、大西洋の真ん中にある海嶺からプレートが出てくると仮定し、そこから東西の海溝までの距離から、パンゲア(ウェゲナーが命名した最初の大型大陸の名)当時からの時間(これは放射性元素の半減期から割り出されていた)で割って、プレートの移動速度を「毎年およそ2センチ」と割り出した。驚いたことにこの計算は、後のランドサットの衛星写真に基づく計算によって、ほぼ間違っていないことが実証されている。

 いかん。とまらん。要するに何が云いたいかというと、本来であれば本作は赤点である。しかし、竹内先生の存在、小松左京の原作、役者たちの力演、マトモな特撮と演出を付け足したことで、33点としたということだ。逆に云えば、脚本さえマトモなら、竹内先生が出てこなくてももっと高得点を付けたであろうということだ。ことほど左様に脚本は重要なのである。東宝および橋本忍は、人様からカネをとる以上はマトモな仕事をしてもらいたい。

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