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2006/10/09

ウルトラマンメビウス&ウルトラ兄弟

100

 シネ・リーブル池袋にて鑑賞。いや、実は最初、品川に向かったのだが、満員で入れなかったのだ。そりゃまぁ初日だから仕方ない。初の劇場で、池袋東武に隣接するショッピングモールのなかにある。初日だけに親子連れとオタクの巣窟と化しており、こちとら久しぶりの立ち見だ。くそウルサイ莫迦がいたもので腹がたって仕方ない。それとこの劇場、もとが芝居小屋だったらしいとみた。PAの左右バランス(ボリュームという意味ではない)が変なのだ。原因は、恐らく天井に中途半端に突き出している梁にあるのだろう。かつての照明を優先するための作りとみられるが、そのせいで音響の反響バランスを崩している。もうちょっと何とかならんかったか。

 さて、本題である。100点をつけはしたが、誤解しないでいただきたい。105点満点である。理由は、おって説明する。

 話は20年前から始まる。ヤプール人の怨念の塊であるUキラーザウルス(オリジナル)なる巨大怪獣を追ってきたウルトラマン、ウルトラセブン、ウルトラマンジャック(帰ってきたウルトラマン)、ウルトラマンAの4兄弟、あまりにも強力な敵のため倒すには至らず、封印するのが精一杯。神戸沖に封印するのだが、その後も監視者として地球にとどまることになる。人間として。つまりハヤタ、モロボシ・ダン、郷秀樹、北斗星司として、だ。
 現代。テンペラー星人、ガッツ星人、ナックル星人、ザラブ星人という宇宙人連合がUキラーザウルス復活を目論んで地球へやってくる。もちろん舞台は神戸。そこへ別件で訪れてきたヒビノ・ミライ=メビウス、という話の展開だ。

 いや、実に素晴らしい。ウルトラマン40周年記念作品にふさわしい内容と云える。ちゃんとオールドファンにも現在の子どもにも通じる内容になっている。オールドファンから云わせていただくと、4兄弟が変身するシーンにはちょっときてしまった。テーマ的にも「信じる力が勇気になる」(なんかちょっと『あふれる勇気を魔法に変えて』に似てる)とか「大切なのは最後まで諦めないこと」といったメッセージはちゃんと伝わってくる。非常に卑怯だが子どもを使うのは正解である。かなりウルッときてしまった。最後に子どもが「ヤー」っつって……(だからそれはもういいって)。このあたり、TVシリーズのメビウスで5、9、13、20話を担当した長谷川圭一(なるほど、だからケルビムなのか)の脚本はいい出来だ。最初にVTOL機がなんで滑走着陸するのかとか不満もあるが、恰好いいから不問。宇宙人「連合」という設定も素晴らしい。らんるちゃ~ん((C)ヤツデンワニ)が出てきたり、山田まりやはじめ平成ウルトラマンの出演者がチョイ役で出てきたりするのも心地よい。細かいことを云うと、ウルトラマンのマスクを初代(Aタイプ)に似せているあたりとかはニヤリとさせられるし、オープニング、曲、声優(ザラブ星人が真田さんじゃなかった青野武とか)、エンドロールに至るまでオールドファンへの気配りはてんこ盛りである。

 実は個人的に最も嬉しかったのは、GUYS隊長サコミズ(田中実)の科白だ。例によってメビウスのニセモノが出てくるのだが、これが珍しく本物に似ている。いや、子どもの頃、こういう話って定番として必ずニセモノ話があったが、大抵は全然似ても似つかないのが出てきて、でも登場人物には見分けがついていないのを見て、「あんまり子どもだからって莫迦にしないでほしいよなあ」と思ってたのだ。そこへ、今回はかなり似たニセモノが出てきた。まわりが間違えるなか、サコミズ隊長だけは「よく見ろ。目つきが悪い」と云ってのける。これはもぉ個人的によくぞ云ってくれたという感じである。

 話の展開からちょっと裏を推理してみる。恐らくメビウスの企画は、マックス放送中から立ち上がっていたはずだ。その際、映画も含めて大まかなストーリーラインは固まっていたはず。したがってこの時点で黒部進、森次晃嗣、団時朗、高峰圭二、篠田三郎に声がかかっていたはずだ(スケジュールを空けておくため)。ところが何故か篠田三郎(タロウ/東光太郎)だけはオファーを蹴った。そのため本作では20年前に出てくるのが「4」兄弟だし、タロウも出るには出るが人間体としては登場しない。なんでそんなことを云い出すかというと、ウルトラマンフェスティバルですでにタロウはメビウスの教官で、なおかつヤプールも登場する話になっていたからだ。かなり前の時点から篠田三郎の非出演が決まっていないと、こういう展開にはなるまい。何故蹴ったかなあ。出てほしかったなあ(撮影時期に舞台が重なっていたそうだが…)。

 ウルトラマン、というと、どうしても比較してしまうのが仮面ライダーだ。年々質を落としていく仮面ライダーに対し、ウルトラマンシリーズの思い切りの良さには脱帽する。何せ旧作の役者を年くったまま出演させてしまうのだ。本人たちがまた(篠田三郎を除いて)受けるし。
 そういう意味では、文句なく100点である。

 ここから苦言だ。
 105点満点にしたのは、本作が対・仮面ライダーとしてでも、ウルトラマン40周年としてでもなく、あくまでメビウスの映画版として考えた場合に、深刻な欠陥があると考えたからだ。
 メビウスにはいくつかテーマがあるが、その1つに、「ウルトラマンと人間との共闘」というのがあるとオレは思っている。にもかかわらず本作ではGUYSが蚊帳の外(文字通り)に置かれている。売れない漫才師のカットなんぞすっとばしていいから、少しでいいから、GUYSとメビウスの共闘を話の切替のきっかけにしてほしかった。もちろんそこまでやると全体の話の流れを損ねるのはよく分かるが、ここまで出来の良い脚本なら、そこまで期待しても決して酷ではあるまい。
 それと最後の空中戦CG! やりたいことは分かるがあまりにも稚拙すぎる。脳内変換に苦労してしまった。板野一郎はアニメーター(マクロスのミサイルなんかね)だから「絵」で捉えてしまうのだろうが、実写はあくまで「動画」である。せっかく最も盛り上がるシーンだけに非常に残念でならない。

 もう1つだけ。本作最大の欠陥はプロモーションである。本家・TBSの扱いがあまりにも小さすぎる。何しろ公開初日の「王様のブランチ」では触れなかったのに、翌週の「笑っていいとも」には出てくるのだ。何を勘違いしているのか。公開劇場も少ない。これだけ興業収入を得られるコンテンツに対して、明らかにマーケティングを誤っている。この点はCXどころかTV朝日にすら劣る。もっとも、そのおかげで、ある程度の独立性を維持できているのだとすれば、哀しい時代と云うほかないが。

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