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2006/12/31

私はダリ あんたダリ

 東京は上野の森美術館に、「ダリ回顧展」を観に行った。時に12月30日。正午頃に着いたのだが、美術館の前には長蛇の列ができていて、「60分待ち」と表示されていた。こういっては何だが、今どきの方々がそれほどシュルレアリスムに興味と関心を抱いていたとは知らなんだ――もちろん皮肉である。単に爆笑問題の宣伝につられた物見遊山が大半であろうことは、列の顔ぶれを見るまでもなく容易に想像がつく。だがまぁ、「芸術の大衆化」は喜ぶべきなのだろうし、そもそもオレはシュルレアリスムが芸術の1形態だとはついぞ考えていない。単なる表現手法だろう。

 サルバドール・ダリ(1904年5月11日~1989年1月23日)は、云うまでもなくスペインの画家である。最初に個展を開いたのは1925年、何と21歳のときのことだが、当時のサロンの構成からすれば、さほど驚くに値しまい。まぁそんなことより何より、ダリはその作品もさることながら、彼自身の奇行のほうがよく知られている。どうもナルっぽかったらしく、特に晩年の作品になると、自分自身(略奪婚の奥さん、ガラを含む)を描くことが増えてくる。例のカイゼルひげ(本人は像の牙のような、と表現していた)からしてそうだし、確かロンドンかどこかでパフォーマンスをやったとき、死にかけたこともあったはずだ。何よりスペイン戦争が勃発した際、「完全予測」と云いきったのには、誰もが唖然とした。と同時に他人からは嫌がられる言動でもあって(ファシズム的、と称されもした)、1929年に参加したパリのサロン(ピカソも参加していた)の代表者だったアンドレ・ブルトンは、わずか9年後の1938年にダリを除名している。
 オレがダリを知ったのは有名な「記憶の固執」からで、決して「アンダルシアの犬」からではない。よく考えてみると「記憶の固執」はダリがパリのサロンに参加する前の作品で、その時点ではシュルレアリスムとは見られていなかった。むしろダリ自身がシュルレアリスムを意識するきっかけになった作品が「記憶の固執」だったと云っていい。一方、「アンダルシアの犬」は、ダリがルイス・ブニュエルと共同制作した15分ほどの短編映画で、正直云ってオレはあまり好きではない。あれがシュルレアリスムだというなら、オレは違う世界で生きていたい。それはともかく、ダリとブニュエルが知り合ったのはまだ2人とも若かった頃のことで、確かマドリードの美術学校で一緒だったはずだから、ダリが17~18歳の頃だ。ブニュエルと組んだのは「アンダルシアの犬」だけだったはず(作中にダリ自身が出てくる)で、その後は例によって仲違いしている。ただダリ自身は映画という技法がえらく気に入ったようで、後にヒッチコックが「白い恐怖」のなかでダリに映像イメージを発注している。

 オレがダリを面白いと思っているのは、たぶんブルトン的な視点からだろう。信じてくれないかもしれないがオレは非常に常識人であるので、奇行だのグロだのに興味はない。シュルレアリスム華やかなりし頃、ダリの描くだまし絵みたいな作品群を面白いとは思ったが、晩年になってガラを聖母にみたてた宗教画のような作品群は、悪い冗談としか思っていない。
 ただ、ダブルイメージとまで云わないまでも、「いま見えているものだけが現実ではない」という「超現実的」、まさにシュルレアリスムの感覚は、ちょうどフィリップ・K・ディックに通じるものがあって、そこはある種共感できるものがあるのかもしれない。
 そういえばダリもディックも、晩年はぱっぱらぱーになっちまった点で共通している。ダリは亡くなる前の6年間は一切作品を発表していないし、ディックは薬で幻覚を見て自殺してしまった。ヴァリシステムが現実であるものか。

 さて、今回のダリ回顧展だが、結論から云うと期待はずれだった。混んでいた、ということは、この際おいておく。そうではなく、展示の仕方が単に絵画作品の羅列だけなのだ。前述したように、ダリは自身の存在そのものが作品であった時期が確かにある。だから絵画作品を羅列しただけではダリを語ったことにならない(一部、アンダルシアの犬を上映しているコーナーがありはしたが)。確かスペインのほうで生前のダリ自身がプロデュースした美術館があって、そこはいろんな仕掛けがあると聞いている。そこまでダマシでなくともいいが、せめて端緒くらいは示してほしかった。気概として。なのにおみやげコーナーはダリ団扇だのダリ玉子(東京たまごとのコラボ)だの、悪い冗談がすぎる。それともこれこそが、日本的なダリの解釈なのだろうか。

 1月4日まで。

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コメント

そうそう、ありの巣ってまさにその通り!
ダリを見たのは美術館じゃないのよ。
どっかの電気屋の何階かワンフロア全部に展示してあったの。

投稿: やっぴゃん | 2007/02/24 23:59

 秋葉は地方の温泉旅館みたい。複雑に増改築を繰り返した結果、アリの巣みたいになってる。さすがに出てしまえば分かるけど…。
 秋葉でダリって、あのへんに美術館なんてあったっけ? まぁダリの場合、美術というよりパフォーマンスに相当するんだろうが。

投稿: Smith | 2007/02/12 10:45

私も「ダリ」って好きなのよ。何年前・・・?十数年前になるのかなぁ、秋葉原のどっかで友達と見にいったよん。・・駅内が複雑すぎて出られずに駅員に出口を聞いたんだっけ。(^^;)

ダリ団扇にダリ玉子か。馬鹿らしいというか、こんなのしか思いつかないのか主催者側は。
情けないよねぇ。

・・・1月4日までって今日までかぁ。
行きたかったなぁ。まだ先まで開催されてても遠くて行けないのが悲しいよぉ。
誰か、帰れるように社長や役員を説得してくだしゃい。。°°(>_<)°°。

投稿: やっぴゃん | 2007/01/04 18:15

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