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2007/02/10

マイ・ボディガード

91

 見逃した作品をDVDでカバーしようシリーズ。

 原作「燃える男」(Man on fire)は、「謎の覆面作家」A・J・クィネル描くところのクリーシィ・シリーズ第1作。オレはこのクィネルという作家が好きで、日本語で出版されれば必ず読むようにしている。故に映画化作品と聞いて期待していたのだが…。

 「誘拐」がビジネスとして成立しているメキシコ。中流以上の親たちは子どものためボディガードを雇うのが通例で、万が一のための誘拐保険に入るのも普通のことだった。会社経営者サミュエル・ラモス(マーク・アンソニー)もそうした親の1人。娘ピタ(ダコタ・ファニング)の誘拐保険を更新するためには、新たなボディガードを雇う必要がある。顧問弁護士ジョーダン(ミッキー・ローク)を通じてレイバーン(クリストファー・ウォーケン)が紹介したのは、レイバーン自身の古い友人で、かつて軍隊生活をともにした歴戦の軍人、クリーシィ(デンゼル・ワシントン)だった。クリーシィは9歳の少女のボディガードという仕事に難色を示すが、酒を呑むだけの無為な毎日に自分自身嫌気がさしていたのも事実だったので引き受ける。クリーシィは当初、しっかりしているがうるさく、しつこく質問してくるピタを疎ましく思っていたが、母親リーザ(ラダ・ミッチェル)に「あの娘が一番ほしがっているものは友達」と知らされて以降、徐々に心を開いていく。後にレイバーンが「クリーシィはピタに新しい命をもらった」とまで評するほどに。ところがそんなさなか、ピタはクリーシィの目の前で誘拐されてしまう。

 原作とはまるで違う。

 まず舞台がイタリアからメキシコに移っているのは、監督がトニー・スコットなのでイタリアよりは馴染みがあるということもあろうが、それより何よりクィネルが原作を書いた当時と現在とでは、「誘拐」という犯罪に対してよりリアリティを持たせた結果として、舞台の変更を余儀なくされたのではないか。
 原作でピタにあたるキャラクターは少年だが、これは映画というメディアをおもんぱかってのこともあろうが、恐らくはダコタ・ファニングの演技力によるものだろう。なんつーか非常におませさんに描かれていて、これがまたハマるハマる。
 原作のクリーシィは白人だ。これもメキシコを舞台にした時点で必然だろう。あとはもぉ……。

 結論から云うと、原作とは全く異なるが、独自の世界観で成立しているので、そんなことは不問だ。(以下ネタバレ)ピタが殺されたと聞かされた後、クリーシィはリーザに「関連する全ての人・組織を皆殺しにする」と宣言、新聞記者マリアーナ(レイチェル・ティコティン)や警官マンザーノ(ジャンカルロ・ジャンニーニ)の協力を得つつ、糸をたぐり寄せながら殺しまくるが、「関連する人・組織」はどんどん裾野を広げていく。そもそもピタが誘拐されたとき、手引きしたのは汚職警官だったし、誘拐課の課長がグルだった。弁護士もグル、果ては父親サミュエルすら一枚噛んでいた。ラスト、ピタが生きていたという点は映画的な演出だから仕方ないとして、クリーシィが死ぬところで終わるのはシリーズ化を放棄した証拠。そこだけは不満か。

 原作では最後、陸の孤島の城みたいなとこにパラシュートで落下していって殺しまくるシーンが出てきて、普通に考えればそうした画のほうが映画的だと思うのだが、そうはしなかったあたりがかえってリアリティを増しているか。

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