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2007/02/25

どろろ

89

 24日、東京・有楽町は有楽座にて鑑賞。マリオン向かいのニュートーキョーが入っているビルの上のほうにある。喫煙所があるのは助かるが、「ガラスの動物園」スタイル。相変わらず人間扱いされていない。キャパ400だが、縦の通路がサイドにしかなく、左右の真ん中に座ると出入りしづらい。ただし座席の前後スペースを割とゆったりとってあるため、不自由というほどではない。館内後ろのほうは割と埋まっていたが、前のほうはガラガラのため助かった。いつぞやのような非常識人もおらず普通に楽しめた――と、云いたいところだが、約1名、莫迦者を発見。上映中、携帯に着信あり(つまり着信音が館内に鳴り響いた)。それだけならまだしも、背後から聞こえてくる声は「はい、もしもし?」……出るのかよっ!

 本作は、手塚治虫の同名コミックを原作としている(同名のTVアニメとは関係ない)。ただし、原作が室町時代を舞台とした伝奇ものだったのに対し、本作では「賢帝歴3048年」なる架空の時代(ひょっとすると架空の場所)を設定しており、これによって「何をやってもいい」とまでは云わないが、ある程度の荒唐無稽さをカバーしている。端的に言えば、時代考証が必要ないため、ファッションなど奇妙な風俗を持ち込んでおり、これが映像あるいは音楽としてかなり成功している。

 戦国の武将、醍醐景光(中井貴一)が〝魔物〟と交渉するところから物語は始まる。天下を得る力と引き換えに、妻・百合(原田美枝子)に宿っている子の身体を48の魔物に差し出すことを約束したのである。身体の48か所を欠損して生まれてきた子どもは川に流されてしまう。
 川下でその子を拾った医者・寿海(原田芳雄)は、戦場から子どもの亡骸を集め、欠けた48か所を人工的に補い始める。そろそろ完成という頃になって、複数の幼魔がとりつき始める。子どもたちの亡骸の霊だ。そこへ通りかかった琵琶法師(中村嘉葎雄)、48か所を補っても成長するまでもなく魔物に殺されてしまうだろうと指摘する。そこで琵琶法師、怨みの血を吸い続けてきた妖刀・百鬼丸を差し出し、処理に困っていたと打ち明ける。寿海は48か所を補う最後に、その左腕に百鬼丸を仕込む。
 20年後。育ての親である寿海亡き後、48の魔物を左腕に仕込まれた百鬼丸で討ち倒せば、その魔物に喰われていた身体の部位を取り戻すことができることを知った若者は、自らを「百鬼丸」(妻夫木聡)と名乗り、魔物退治の旅に出る。途中、ひょんなことから百鬼丸の秘密を知った男装のコソ泥、どろろ(柴咲コウ)は、左腕に仕込まれた刀を奪うため、百鬼丸につきまとうようになっていく。

 まず、話の流れはいい。前述したように舞台設定を変えたことで、説明も世界観もうまくはまっている。気になったのは、原作でどろろが女であることが露見するのは割と後半のほうだったんじゃないかと記憶しているが、本作では前のほうで明らかになったうえ、流してしまっている。まぁ主役はあくまで百鬼丸というポジションになっているので、これでいいのだろう。
 脚本は、監督とNAKA雅MURA(なかむらまさると読むそうだ)との共同。この名前に聞き覚えがあったので調べてみたら、何と、かのウルトラマンマックスで最高傑作である第16話「わたしはだあれ?」(監督=三池崇史)の脚本を書いていた。なるほど。
 ロケ地の大半がニュージーランドで、常に強い風が吹いている景色は、確かに雰囲気を伝えるのに成功している。全編つねに変なフィルターをかけて色みを処理しているのも、邪道ではあるが雰囲気にはマッチしている。ちなみに撮影は柴主高秀(スウィングガールズなど)。奇抜な音源の多い安川午朗と福岡ユタカの音楽も、設定が柔軟になっているから説得力がある。ただ、どうも前に出てくる音源が多いのでオレには鼻についた。聞こえないくらいがちょうどいいのだが。ちなみに安川午朗のフィルモグラフィーを調べてみたら、結構多彩だった。TVシリーズでは「超光戦士シャンゼリオン」、「情熱大陸」のメインテーマとかを担当しており、映画では「GONIN」、「デビルマン」、「フライ,ダディ,フライ」、「仮面ライダー THE FIRST」、「スケバン刑事 コードネーム=麻宮サキ」など、「さもありなん」な作品が並ぶ。
 全編通して、妻夫木聡は美しく、綺麗に、恰好よく撮れている。ところが柴咲コウは徹底的に汚く、恰好わるく撮られている。まぁキャラクター設定上の問題だとは思うが、それにしても被写体に対する愛情表現に違いがありすぎる。これは撮影監督の責任でもあるのだが、恐らくは監督・塩田明彦の好みだろう。さすが「黄泉がえり」! 〝組合〟の方ではあるまいか?

 総体的に云うと、「悪くない」という評価に落ち着いてしまう。これには製作サイドの宣伝手法にも問題がある。だって「日本映画を変える」とまで叩き文句を打たれては、そこそこの出来で納得しないのは当たり前ではないか。例えば話がそこそこでも、アップのカットでヅラの境目やつけ髭のメッシュ下地が見えてしまう。よこから見た傷が盛り上がってみえる。そういうとこには気を遣おうよ。ダメなら後からCGで消せるんだしさ。
 それから殺陣なんだが、設定をああしたもんだから、いわゆる抜刀術でなくとも成立するようになっている。そこで香港からプロを呼んでワイヤーアクションを多用している。そこは成功していると思うが、中井貴一ってあんなに殺陣へたくそだったか? もうちょっとなんとかなってくんないと盛り上がらないぞ。

 原作は、確か48の魔物すべてを倒す前に終わってしまい、「その後百鬼丸の姿を見た者はいない…」とかいう類のフェードアウトで終了だったはず。アニメ版では48すべて倒して終わりだったはず。対して本作では、半分の24を倒したところで終わる。まるで「続く」だよなあ。まさか2作目つくるの? それとも残りは2クール分のTVシリーズ?

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