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2007/03/02

それでもボクはやってない

95

 1日、東京・日比谷はシャンテ・シネ1にて鑑賞。都内ではこの日(毎月1日)、「映画の日」。すなわち入場料1,000円也で観られる日である(ちなみにこの日、もう1本観た)。前から決めていたこの日に、1月20日公開以来ずっと観続けていたいと望んでいた本作(ともう1本)を選んだ。

 話は、もはや説明する必要があるまい。1人の男性が痴漢の容疑をかけられ、拘留され、取り調べられ、起訴され、裁判に臨み、判決を言い渡されるまでの物語だ。何か誤解されている向きがあるようだが、本作は決して冤罪事件を扱った作品ではない。正確には、だ。何故なら本人が実際に痴漢をやった、あるいはやらなかった経緯は、(シミュレーションを除くと)一切映像として描かれていないからだ。つまり本作では観客に対しても、有罪か無罪かの判断を求めているのだ(ただし描かれ方は冤罪であることを前提にしてはいる)。
 監督・脚本の周防正行は、劇中一度も、意図的に笑わせるシーンを設けない。唯一竹中直人のアドリブと思しきシーンがあるにはあるが、非常に異質。笑わせる必要はないのだ。笑わせなくても、十分滑稽だ。それほどまでに日本の司法制度が滑稽で常識離れしている、そこを描こうとしている、そう見える。
 とはいえ、本作はあくまでエンターテイメントであって、ドキュメンタリーではない。「遮蔽」のシーンなどは、壁越しに被告をチラリと見る裁判官、といったような、非常にベタな、故に効果的なカメラワーク(撮影=柏野直樹)を多用してみせる。
 つまり誤解されては困るのだが、本作は決して周防正行の力量によるところは何もない。何の外連味もなく、ただ撮っているのだ。唯一褒められるべきは、日本の刑事裁判という特殊な素材に焦点をあてたその視線だ。考えてみればアルタミラピクチャーズ出身者は、このパターンが多い。「がんばっていきまっしょい」の磯村一路、「ウォーターボーイズ」や「スウィングガールズ」の矢口史靖も同様だろう。

 与えられる情報は、裁判官や検事と同様に、ではない。それより多くの情報を与えられる。それでも与えられる情報は常に被告の側に立ったものばかり、すなわち弁護士の視点に立つことを云わば強制される。故に見ている側は冤罪を確信せざるをえなくなるのだが、前述したように周防正行は真っ正面から日本の刑事裁判という滑稽で常識離れした世界を描くことだけに徹する。繰り返すが本作はあくまでエンターテイメントであって、ドキュメンタリーではない。だからラストシーンは意外に思われた。突然現実に引き戻されたような感覚。どっちつかずではあるが、こういうアプローチもあるのだという好例ではある。

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