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2007/04/19

エロもグロも恋愛も不要論

 恋愛映画と称されるものを、オレは好んで観ない。

 オレは映画に(どんな意味であれ)非日常を求めている。対して恋愛は単なる日常だ。となれば日常「だけ」を描く「恋愛」映画を観るわけがない。
 何がしかの非日常のスパイスがあった上での恋愛映画なら話は別だが、それにしたって恋愛という日常メインだと食指が動かない。
 だいたいに恋愛以外の非日常をメインに据えた物語でも、どっかこっかに恋愛の要素が入ってしまうものだ(だから日常なのだ)。

 一緒にするのも変な喩えだが、AVやらピンク映画やらも同様だ。あれは要するに「いかにエロ」かを追求するのが最大の商品価値なわけだが、たまに物語として出来の良い作品に出会うことがある。そういう作品に共通してるのは、濡れ場シーンが不要に感じる点だ。
 AVやらピンク映画を足がかりにして一般映画に進出した監督や役者ってのが日本映画に多い所以だろうな。

 恋愛は添え物でも物語は成立する。これがエロまでいっちゃうと、どうかすると不要にすらなる。
 いや、恋愛もエロも否定してるわけじゃない。それはそれでいいし、それが映画になってもそれぞれの需要があるから商品になってるわけで、そこは否定のしようがない。
 ただ、こっちゃ物語部分に需要があるので、どうしてもそうなっちゃうわけだ。

 もちろん恋愛がメインになってて出来の良い物語にもなってる映画もあろうし、濡れ場バリバリなのに物語としても出来の良いピンク映画というのもあろう。でもそれこそ大傑作だな。なかなか出てくるもんじゃない。
 少なくともAVやピンク映画の場合、制作環境も予算も一般映画に比べりゃガキの小遣いみたいなもんだから、どうしても物語かエロかどちらかの取捨選択にならざるをえない。なおかつエロが王道の業界(そもそも商品価値の趣旨がエロ)なので、物語の出来が良い作品が出てきにくい環境にあるとも云える。

 濡れ場が不要なピンク映画のイメージが涌かない? しょうがないな、それじゃあ……。〈明日に続く〉

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