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2007/10/11

はだしのゲン

 8月10~11日に放送されたドラマ。DVDに録画してあったのだが、何せ全部通してみようと思ったら4時間以上になってしまうため、ここんとこの忙殺によって機会を逸していた。
 ……で、観て号泣したわけだ。うん。

 広島市内で暮らす中岡家を襲う原爆。話の筋はほとんどそれだけだ。父、姉、弟を亡くした元(ゲン)が、母親と弟そっくりの孤児、それに復員してきた兄と一緒に改めて生きていこうと誓うところで話は終わる。放送日2日の区切りは、ちょうど原爆投下を境にしている。これがズルいのだ。どれだけ平和で楽しいシーンばかりが続いていても、後でどうなるかを観ている側は知っているだけに、その平和で楽しいシーンすら泣けてしまう。

 原作のコミックを読んだのは、恐らく小学生くらいだったと思うが、その後も何度となく読み返した記憶がある。実写映画版は何度か観たが、アニメ映画版は観ていない。本作の場合、原作にほぼ忠実に作ってあるが、当然のことながらわずか4時間では全てを描くわけにはいかず、途中で終わっているのと、何人かキャラクターの出入りが整理されている(脚本=君塚良一)。

 しかしまぁそんなことはどうでもいい。

 ともかく卑怯なのだ。もともと飛び道具みたいなもんなので、子どもと動物を出すだけで制作としては卑怯きわまりないのだが、そこにハマッてるオレもどうなんだっていう。さらに子どもの演技がものすごく自然なのだ。特に主人公の元を演じた小林廉はともかく、弟・進次(と、そっくりな近藤隆太の二役)を演じた今井悠貴は凄い。実は演技なんかしちゃいないんじゃないかと。父・中井貴一、母・石田ゆり子、兄・中尾明慶は論外としても、姉・英子を演じた小野明日香はどこかで観たことあるなと思ったら、電王11~12話に出てた売れっ子ジュニアモデルの子だった。

 号泣は置いといて、ちょっと考え込まされてしまったのは、中井貴一の演技だ。この時代、戦争反対を口にすることの何と難しいことか。
 オレは一時期、特高につかまった思想犯の供述調書(出版されている)をむさぼるように読んでいた時期があって、この時代に戦争反対を口にした人のタイプを知っている。2つしかない。狂っているか、狂っているかと思うほど強靱な精神力を備えているか。この2つだけだ。それほど過酷なのである。
 ある平和運動家が「もはや戦争反対を唱えるだけの反戦運動の時代は終わった」と語っていたことがあったが、オレは半分賛成だ。確かに、戦争反対を簡単に口にできる時代になった。だから反戦運動は、もっと進化した形で行うべきものかもしれない。しかし反面、今の時代は、戦争反対を口にすることが、何か気恥ずかしく、恰好悪く、かえって難しい時代になってしまったように思う。故に言葉だけでもいいから、戦争反対を唱え続けることは、決して無意味なことではないし、あの時代に比べればとるにたらないことかもしれないが、尊いことなのではないか。

 本作にランクはつけない。こういうものにランクづけをするのは、人間的に卑しいような気がするから。

 ただ、戦争反対、とだけは云っておく。

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