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2008/01/22

仮面ライダー電王

 まず、どっかの眠れるメインライターと違って、全49話中、実に45話までを1人で書き上げた小林靖子の継続力には敬意を表しておきたい(残り4話は米村正二)。少なくともストーリーテリングというものは、誰か1人の頭が引っ張ってかないと破綻をきたすものであろうと思うから。監督は8人。多い順に並べてくと、石田秀範10、長石多可男9、舞原賢三8、坂本太郎6、田﨑竜太6、金田治4、田村直己4、柴﨑貴行2――となった。ま、このへんはあんまコメントしない。

 先に評価できる点だけは評価しておこう。
 まず、どっかの誰かさんと違って、メインキャラクター全てをほとんど1人も死なせなかった(一応、桜井だけ消えているが、最後まで顔をまともに見せなかったのでカウントする必要あるまい)点は大いなる評価に値する。これってアギト以来じゃないか? そもそも子供向けが本流の作品で、敵役はともかく主役側の人間を消し去ってしまうのは、明らかに間違っている――と、オレは思っている。その意味では評価してもいいと思うのだ。
 イマジンという存在を通して、役者(主に良太郎くん)とスーツ・アクター、声優の3者が1つのキャラクターを形づくっていくという初の試みは面白かったし、たぶん成功していると思う。
 ただ……
「最初から最後までクライマックスだぜ」
「ぼくに釣られてみる?」
「ワシの強さは泣けるで」
「いいよね? 答は訊いてない」
「最初に云っておく。オレはかーなーり、強い」
「最後に云っておく。侑斗をよろしく」
「オレってそういう顔してるよなあ」
 ……といった決め台詞(?)みたいなやつ、あれ効果的ではあるんだけど、最終回みて思った。戦隊もののパクリじゃんって(笑)

 時間を扱うフィクションは数あれど、複雑にすればするほど面白くなる反面、説明をスムーズにしないと混乱するのが必定。本作はまさしくこれに該当している。そこんとこをもっとうまく、子供にも分かるように説明してあげないと、魅力が半減してしまう。恐らくは、この分かりにくさによって離れていった子供が多かったのではないか?
 しかしメインキャストの1人が途中降板するという大変なアクシデントを乗り越えた技量だけは褒めてやってもいい。

 以上の結果、オレのなかで平成ライダーの評価順位は、以下の通り変動となった(註:便宜上、公平を期すため、響鬼だけは3つにわけて評価している)。

クウガ
響鬼(29話まで)
アギト
響鬼
電王
555
響鬼(30話以降)
龍騎
10カブト

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