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2008/06/16

獣拳戦隊ゲキレンジャー

 放映中はなんだかんだ文句を云ってたが、終わってみれば実に良品と云うべき作品となった。
 語るべきはだいたいMO氏が語ってくれている(http://kiku-gumi.air-nifty.com/zasshoko/2008/02/49_43dd.html#comment-30412729)ので、そのへんはまぁその通りとして、触れずにいられないのはやはり脚本家の件だ。
 散々文句をつけたメインライター横手美智子ではあるが、終わってみれば全49話中24話と、まぁ半分やってればいいかな、という数には達していた。荒川稔久が半分の11話、ほかに、會川昇6話、小林雄次4話、吉村元希3話、中島かずき1話。
 問題は監督だ。メインのはずの中澤祥次郎が12話しかやっていない。驚いたことにメインではない諸田敏(13話)より少なく、同じくメインでない竹本昇(12話)と肩を並べている。これでは半分しかやっていない横手美智子ですら「眠れるメインライター」などとは罵れまい(←それはあんただ)。ほかに渡辺勝也が8話、加藤弘之と辻野正人が2話ずつ担当している。

 こういうことが影響したのかしなかったのかは定かでないが、確かに本来のメインキャラ3人のうち2人、特にファンタスティックテクニックきゃーの陰の薄さには、目に余るものがあった。役者の力量でキャラが立ってしまったメレなんかとは対照的で、使うほうも使うほうで使いづらかったのではないか。まぁ本編とはあんま関係ないんでいいんだが。余談だが、先日東京ドームを通りかかったら、ゲキレンのコスプレしてる子供が集団でいて、青だけが不在だったあたりが悲しい。

 「修行」というテーマを最終的に「正義」と結びつけるあたり、「魔法」から「勇気」に結びつけたマジレンに通じるものがあるが、「魔法」より「修行」のほうが、当初からとっつきやすかったのは事実。子供だって入りやすかったんじゃないかなあ。終わってみればマジレンと似たような爽快感を得られたのは非常に良い。どうもマジレンと比較したくなってしまうが、マジレンの場合、デカレンの後というハンデを背負っていたが、本作の場合はボウケンジャーの後というアドバンテージがあった点も有利に働いたように思う。

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