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2008/11/02

台湾行⑥ その3

 2日目の9月30日以降は、実はあまり書くことがない。仕事して呑んで寝て仕事して……の繰り返しだったから。朝早く夜遅いので、何をするでもない。むしろ今回の場合、帰国してからの浦島太郎状態を可能な限り避けようと、ネット経由で日本のニュースばかりチェックしていた。……まぁ、無駄な努力に終わったわけだが。

 30日は、去年はるかに年上であることが判明したS氏と合流、飛行機で花蓮へ。そこから南下しつつ仕事をこなす。通訳についてくれたのはナントカ協会の人で、C氏の友人。オレは以前、日本のイベントか何かで会っているはずなのだが、名刺交換した程度なので全く憶えていない。野郎の名前なんざ憶えてるわけねーだろ。
 夕刻、S氏と通訳と別れ、台東から一路、屏東へ。乗るはもちろん我らがL特急「自強号」である。「いつも通り」20分ほど遅れて屏東に到着。「いつも通り」遅れてやってきたC氏と約1年ぶりに再会。いったんホテルに荷物をおいて屏東市内でメシを喰う。
 そんだけだ。何があったというわけでもない。ホテルは以前にも泊まったとこ。改装したのは結構だが、相変わらずシャワーカーテンがないので床がビチャビチャ。トイレットペーパー・ホルダーの位置が悪く、身体をよじらないとケツを拭けない(ヤレヤレ)。

 10月1~3日の間、ほぼ屏東を拠点に仕事、呑み、睡眠。一度だけN氏と夜市へ行ったが、正直あんまウマくなかった。
 2日の夜あたりになってくると、そろそろ日本食が恋しくなってきたかとC氏が気を遣ったか、日本食レストランへ。もちろんバッタモンだ。日本食なのに丸い回るテーブル。明らかにブツ切りの「刺身」。テンコ盛りのワサビ。どうみたってエビフライにしか見えない(パン粉で揚げてある)「エビの天ぷら」。そのレストランは個室になっていて、1部屋ずつ名前がついてる。「東京」とか「新宿」とか「大阪」とかいった具合。オレが入った部屋は「名古屋」。帰り際に一覧を見たら、どういうわけか駅名に混じって「備前」の文字があった。ネタ切れか? その日、同席したのは、どういうわけか台湾駐在のアメリカ農務官。したがって会話は、中国語、英語、日本語が飛び交うハメに(C氏は英語もできる)。
 同じ日の昼間だったか、C氏が「購入」したという「郊外のこじんまりとした家」を見せてもらった。……大邸宅じゃねぇか。

 後日談。この台湾行の約2週間後、所用でC氏が来日。N氏とともに品川で呑んだ。そのときに知ったのだが、「こじんまりした大邸宅」は意外なほど安い。日本の小さな戸建とさほど変わらない。しかし、よく考えてみるとそれは単純に円換算しただけの話で、物価を勘案すれば倍くらいの値段になることに気づいた。ちなみにC氏から「あなたの給料はいくらですか? ハハハ」と訊かれた。オレが答えた額は、C氏がもらっている給料と大差なかったが、これも物価を考えれば倍の開きがあるということになる。

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