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2008/11/17

容疑者Xの献身

 11月9日、有楽町PLEX(マリオン)にて鑑賞。

 非常に意外だが楽しめた。にもかかわらず評価が初の「未」となっている理由は、後述する。

 さて、云うまでもなく本作は、CXのお家芸と云ってもいい、TVシリーズの延長戦として作られた映画なのであるが、どうも順番が逆なのではないか、と思う。というのもTVシリーズが始まった際、東野圭吾の原作は、すでに本作を含めて世に出ていた。前もって云っておくが、オレは東野圭吾という作家を毛嫌いしている。理由は云いたくない。ただし作品そのものは正しく評価されるべきだと考える。で、「探偵ガリレオ」に始まるシリーズ作品のなかで、本作の同名原作が最高傑作である点は、恐らく論を待たないのではないか。いや、そりゃ個人の好みってものがあるから賛同していただく必要はないが、仮にそうだと仮定すると、辻褄があうのだ。
 つまり、CXの何者かが本シリーズを企画する際、惚れ込んだのが本作の原作だった。ところが本作はTVシリーズには向かない内容だし、原作シリーズとしても異色な構造になっている。だから、最初から本作の映画をゴールにして、TVシリーズを企画したのではなかったか。

 TVシリーズの主人公は、間違いなくガリレオこと帝都大準教授・湯川学(福山雅治)その人である。しかるに本作の主人公は湯川ではない。明らかに湯川の同窓生にして高校の数学教師・石神哲哉(堤真一)が主人公であって、本作の湯川は狂言回し的な役割に甘んじている。まぁ、そこがいいのだが…。
 しかし、「客を呼ぶため」湯川に福山雅治をキャスティングしたことで、本作を単独で映画化する道は閉ざされた。そんなことをしても来てくれる客の数に限りがあるからである。そのため「客を呼べる」福山雅治を主人公としたTVシリーズを企画し、そこで獲得した客を映画に呼んできてもらうという戦略をとった、のではなかったか。

 故に本作の冒頭、本題とは何の関係もない、ただ湯川のキャラクターを説明するためだけの話を007的に持ってきた(繰り返すが本作の構成からすると、冒頭の部分はむしろ不要である)のであり、最後のスタッフロールで申し訳程度にTVシリーズのメイン音楽を流すことで、本作が「大丈夫ですよ~。ちゃんと福山くんの映画なんですよ~」とアピールせざるをえなかった、のではないか、と思うのだ。

 確かに本作の出来は良い。しかしそれが映画としての出来なのか、単に出来の良い原作に乗っかっただけ、ありていに云って映画づくりの勝利でなくマーケティングの勝利なのかが、にわかに判断できなかった。本作の評価が「未」となっているのは、そういう理由からだ。

 レギュラーのキャスティングはTVシリーズと同一。スタッフも同様で、脚本は福田靖、監督は西谷弘。

 原作を読み返して再評価したいと考えている。

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