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2011/12/17

追悼

 A氏が亡くなった。享年64歳。

 ここでプライバシーを明らかにするのは気がひけるので、実名は全て伏せておく。

 A氏を身近に認識したのは、10年ほど前のことだ。いや、それ以前から彼は似たような業界内にいたのだが、オレにとってはあまたいる団体役職員の一人でしかなかった。オレが同じ業界内で転職したのとほぼ同時期、A氏は現役を退き、うちの会社の仕事を手伝ってくれることになった。
 最初は、ひどく気恥ずかしかった。何しろ一緒に取引先へ行くと、20も齢の上な人物が「私の上司です」と紹介するのだ。だが、あれはA氏特有のユーモアでもあったが、彼特有の気遣いでもあった。

 ハッキリ云ってしまえば、今のオレがこうしていられるのは、A氏のお陰だ。もちろん、それ以外の様々な方々のお世話になってはいるのだが、その誰が欠けても今のオレはない。その意味で、A氏なしには、今のオレはありえない。
 オレもそうだが、ともかく酒を呑み、煙草を手放さなかった。完全に酒呑み話として、昔の業界の姿を語った。明らかに学ばせてもらっていたのだ。高度な政策論議も、A氏には莫迦話と同じレベルでしかない。これがとてつもなく為になる訓練だった。

 一緒に競馬に行ったことが何度かあった。A氏はともかくパドックで馬を見たがる。よほどこだわりがあるのかと思ったがそうではない。何故なら同時開催の他の競馬場のレースも、全部馬券を買っていたから。パドックで実際に馬を見たレースより、見てもいない他のレースのほうが勝率が良いことすらあった。ただし、レースが終わるまでは絶対に馬券を見せてくれない。終わったら見せてくれる。大抵は「なぜそんな買い方をする?」という馬券だったりする。

 2年前の今頃、暮れのことだった。「いやあ、オレ、癌になっちゃってさー」

 努めて明るく語るが、とんでもない苦渋を乗り越えての告白であることは明らかだった。なんでも、いきなり呼吸困難に襲われて救急車で運ばれ、癌が見つかったものの、その前に心臓をなんとかしないことには治療もできない有様だった。
 このときは泣きたくても泣けなかった。A氏の告白を同時に聞かされたもう2人が先に泣き出してしまったので、そちらの相手をするのに忙殺されたからだ。

 A氏は、酒と煙草をピタリとやめた。翌年には年賀状をくれた。「これが最後の年賀状です」とあった。とてつもなく悪趣味なのだ。でも、それから2年はもったのだ。翌年も悪趣味な年賀状をもらった頃には、本人の証言とは裏腹に、もう峠は越えたような気になっていた。もちろん甘い考えだった。

 今年の11月になって、何度目かの「また入院しちゃったよ」との連絡をもらった。メールだったのだが、もともと文章がうまい人なだけに、的確に自らの症状を書き連ねてあるあたり、オレは生まれて初めてレスをつけられなかった。
 見舞いに行ってみると、あきれたことに病床で仕事をしていた。パソコンのキーを叩いていたのだ。それから何度か見舞いに行くうち、衰えが明らかになってきた。
 見舞いに行って、初めて奥さんと会った。ともかくA氏は、仕事の話を奥さんに一切していなかったらしい。奥さんには、こちらの話の半分も伝わったかどうか。その奥さんから聞いた。先日、絶食期間(点滴で栄養補給する)中、その絶食期間が抜けたら何を食べたいか訊かれ、A氏はこう答えたのだそうだ。

「ガリガリくん」

 甘いものなんて食べない人だったが、酒も煙草もやめ、癌のおかげで筋力が衰えてきたため、喉にシャワシャワくる甘い食べ物が、いたくお気に入りだったらしい。なんつーか、笑えなかった。ただ、一度気に入るとトコトンらしく、あまりに大量に食べるようになったので、奥さんから「ガリガリくんは1日2本まで令」が下ったそうな。病室に冷凍庫はなく、近くの休憩室まで行かないと手に入らないのだが、6本買っておいたものが2日でなくなっていた。本人はもうそこまで辿り着ける体力など残っていないので、例の口八丁手八丁で看護師をダマくらかしたものとみられる。やるな、A氏。

 最後は12月の9日。痛み止めでモルヒネを打っているため意識が朦朧としているのと、筋力の衰えから喋るのもおっくうになっていたため、ほとんど会話らしい会話はできなかったが、それでも会話ができた。
「いま何時?」
「7時」
「おまえ、なんでそんな早い時間にいるんだ?」
「いや、午前じゃなくて午後7時」
「知ってるよ。そんな早い時間に仕事おわったのか?」
「終わった終わった」
 莫迦な会話だ。なんでもっと高度な政策論議ができなかったのか。戸別所得補償はなっとらんなーとか、原発対策の前に市町村合併をやめろとか、いつもみたいな話が何故できなかったのか。いや、これでいいのか。A氏っぽくていい。

 翌日は土曜日。その日の夕刻になって「今朝、亡くなった」との連絡を頂戴した。実際に亡くなったのは午前9時半頃だったらしいが、家族が間に合わず、到着後に最終確認をしたため、公式な死亡時刻は10時過ぎになったらしい。この家族を除くと、オレが最後に会った人物ということになってしまった。

 翌日曜日が通夜、月曜が葬儀との日取りは、当初から予測がついていた(火曜が大安なので)。土曜の夜になってから正確な日取りと場所を知らされ、関係者に連絡をとろうと思ったが、さすがに仕事場以外の連絡先を知っている人は限られる。だが、そんなものは杞憂だった。あれだけの業界有名人だ。連絡不備、土日にもかかわらず、びっくりするような人数が集まっていた。

 それから1週間。ここまで毎日、呑み。通夜のときは実感が湧かなかったが、翌日になってから、自分がひどく凹んでいることを、自覚せざるをえなくなった。同じ呑むのでも、誰かと呑みゃいいのだろうが、それだとその誰かに迷惑をかけそうで、一人で呑み歩くことを繰り返した。一人で呑み歩き、酒席では努めて笑い、明らかにオーバーペースで呑み、記憶をなくし、タクシーに忘れ物をし、憶えてないが確かどっかの若造をボコボコにした。

 何かのとき、うちの奥さんに「どうもオレ、凹んでるみたいだ」とこぼすと、「前からじゃん。A氏が最後に入院した頃くらいから、ずっと凹んでる」と応じられ、絶句してしまった。

 考えてみれば「ほぼ死に目」に会えたのだ。莫迦な会話もしたのだ。それ以前に、山ほど莫迦な会話をしたのだ。足りないけど、それはそれでしょうがない。
 通夜の後、出された食事に手をつけようとしない部下を「生きてる側が喰わにゃ」と諭したのは、まさしくオレじゃなかったか。生き残った側に目を向ける、そんな簡単なことに気づくのに、1週間もかかってしまった。
 昨日になって「そろそろいい加減にして」と奥さんにたしなめられた。うん。もうやめるよ。でないとA氏に「何やってんだ」って云われそうだから。

 自分の職業を顧みて、こういう話を文章にすべきだと気づいたのも、昨日になってからだ。ちょうど昨日、そういうチャンスがあったのに、オレは思いつきもせず、やくたいもない文章でお茶を濁してしまった。


 そういうわけで、ここにアップすることにした。実に約2年ぶりの復帰である。A氏に押された復帰でもある。

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コメント

 おわ。びっくり。お久しぶり。

 もう大丈夫よん。

 癌? 国税にこれだけ貢献してるとな~

投稿: Smith | 2012/02/04 15:02

すっかりご無沙汰してしまっています。
心からお悔やみを申し上げます。

こうやってひとを慕うことができるひとは
慕われるひとになるんだろうなと思いながら
読ませていただきました。
でも、smithさんは癌にはならないでね。

投稿: じゅんぺい | 2011/12/27 12:45

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